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七軒の三兄弟 大沼敬さん・周一さん・清人さん

町内でも冬の厳しさで知られる七軒・沢口地区。大沼家の長男大沼敬さん(左沢九区)は毎週末を次男の大沼周一さん、三男の清人さんが暮らす生家で過ごします。『本当なら私がここで家を守るべきなんだけれど、弟が体を悪くしてこの場所に残ることになった。二年前には母親が亡くなって、そんなタイミングで三男の清人が帰ってきたものだから、週末はここでなんだかんだと話しながら三人で過ごしているんですよ。』そんな風に話して下さった敬さん。長く教職に携わり、本郷東小学校で校長職をお務めになりました。『このへんじゃ冬遊ぶ場所もないし、兄貴とはよく相撲を取ったなぁ。僕は弱くて、兄貴は足を縛ってハンデをくれるんだけどそれでも勝てなかった。ふすまやガラスを割っては怒られたのを覚えていますよ。』そう言って周一さんは笑います。おふたりとも年の離れた三男・清人さんが可愛くて仕方なかったと、小さな頃を振り返って下さいました。

東京や大阪、海外で暮らし郷里へ戻った清人さん。囲碁や将棋、太極拳など、多彩な趣味をお持ちです。『僕なんかほら、地元を40年も離れちゃうと完全に外の人だよね。でもここって母親みたいな土地だからさ、色んなわずらわしさもあるけどやっぱり素性が分かる安心感ていうのかな、そういうのを感じますよねぇ。』ふたりのお兄さんのことを伺うと『かんべんしてよ〜』と笑いながら、『長男はね、山が好きで山みたいなひと。次男はこう見えて、年齢以上に頼りになるんだなこれが!』と隣に座る周一さんの肩を抱きました。

かっては北に南又・切止・道知畑・徳沢、東には二俣・十郎畑と多くの集落を抱えていた七軒地区。国有林の営林署を中心に栄え、商店も多く軒を並べていたそうです。『昭和30年代、ベビーブームの頃がピークだったのかな。林業が下火になって営林署が閉まり、中学校が無くなると地区から子供たちの姿も消えました。』地域の歴史をそうお話しして下さった敬さん。現在は前述した集落に暮らす人はおらず、沢口を含めわずかな地区が残されています。除雪のブルドーザーが履くタイヤチェーンの音、屋根に積もる雪の多さ、長靴の足跡。記憶に強く残るのはやはり冬の情景です。『もちろんそれだけ冬が厳しいということはあるんだけれど、春がきた時の嬉しさは本当に特別でした。トタン屋根に上がって周一と囲碁や将棋をしたり、意味もなく外を走り回ったりしてね。』『この家から見える地区の景色は私たちが小さい頃から何も変わりません。将来この家をどうするかという問題はあるけれど、やはり私たちにとってはここが唯一のふるさと。元気なうちは兄弟で少しずつ手入れをして守っていきたいと思っています。』グラスの氷が溶けかかる頃、三人の頬はほんのりあかく染まっていました。

 

みなさんは何人兄弟ですか?時々は集まってお互いの近況を話したり、両親のことや家のこと、生まれた場所の記憶を肴にお酒を酌み交わしたりしているでしょうか。例えば土地を離れても、血を分け合った兄弟の中には同じふるさとが生き続けるのかも知れません。僕も次の週末は、缶コーヒーを買って弟に会いに行くつもりです。

 

山形県大江町公式ホームページ
http://www.town.oe.yamagata.jp