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埋もれていた神様 中の畑雷神社風神雷神像

祈る。その言葉の語源が『意を宣る』であるという説をご存知でしょうか。英語ではprayで表されますが、日本語での祈りには願い事をするだけでなく、古来より意思を宣言する意味が含まれていると考えられています。

 

取り戻した力強さ

中の畑地区の雷神社から町へ寄贈された風神・雷神像。制作の時期や制作者も不明と言うどこか憎めない風体の木像はこの秋に開催された山形ビエンナーレでの展示を終え、現在は大江町歴史民俗資料館の中に祀られ、詣でる人びとを静かに待っています。

 

貫見から黒森を越えてしばらく北へ進んだ中の畑地区の雷神社には『御戸張(おとちょう)』と呼ばれる、地域住民の祈願が墨で書かれた青苧の織物が60枚近く残されていました。これらは地域信仰の歴史や文化を知るための資料として町へ寄贈され、町の文化財にも指定されています。神社の老朽化などから痛みが激しかった風神・雷神像。御戸張の調査に訪れた東北芸術工科大学講師・大山龍顕氏らによって後背などが新たに作られ、力強い姿を取り戻しました。

 

 

失われつつある地域の信仰

『恐らくはプロの仏師ではなく、地域の腕自慢のような方の手によって彫られたものじゃないかな。中の畑では雨乞いの神様として祀られていたそうですよ。日照りが続くと雷神様に水浴びをさせ雨を祈ったと聞きます。』そうお話をして下さったのは大江町教育文化課の松田淳一課長補佐です。神仏は東向きか南向きに祀るのが一般的であるため、資料館でもそれに習い東へ向けて祀っていると教えて下さいました。

 

近代化による往来の変化や集落の衰退によって、地域のどこにもあった小規模な信仰はその姿を見ることが少なくなりました。町内の廃村やかつての主要な道路沿いには、まだまだ知られていない打ち捨てられた神仏が眠っているはずと松田さんはお話を続けます。『古くから地域では寺社や仏閣を中心にしてコミュニテイが形成されてきました。喜びや悲しみを共有する場所というだけでなく、みんな理由をつけてはそこに集まって繋がりを深めていたのでしょう。それこそお酒を酌み交わしたりね。』『祈る人びとがいなければ、神仏があっても信仰は成り立ちません。神様は拝まれてなんぼ。祈りのないまま置かれてしまった神仏からは、いずれ神格が失われてしまいます。この風神様と雷神様はたまたまご縁があってここへやって来ました。地域に生きた多くの人の想いを背負っていらっしゃったのですから、今は少しゆっくりしてけらっしゃい、という気持ちですね。』

 

 

京の仏像とは違う素朴な造形に人びとは山暮らしの豊穣を願いました。地域と自らの将来像を神仏へ祈り、誓っていたのです。今、少しずつ地域へ人が帰りつつあるのは、この二体の神様が結んでいた土地と人びとの暮らしの記憶が私たちの中にも受け継がれている証なのかも知れません。

 

『山形ビエンナーレ』での展示の様子はこちらから
https://biennale.tuad.ac.jp/100story

山形県大江町公式ホームページ
http://www.town.oe.yamagata.jp