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舟運文化の面影残る 用地区 大谷勝美さん

山形県屈指の化石『ヤマガタダイカイギュウ』の発見や、NHKの連続テレビ小説『おしん』のロケ地としても有名な大江町。その舞台の1つが町の東南部に位置する『用』地区です。用地区は19軒程度の小さな地区ですが、化石の発見により発掘地の視察者や考古学者たちが今も頻繁に訪れています。

 

国道287号線から一度朝日町を経由し、緑色が印象的な大きな橋で最上川を渡った先に辿りつく用地区。明治時代頃までは青苧の栽培が盛んで、山畑に青苧を植え、刈り取って牛で左沢まで運んだり自家用の衣類をつくるなど、青苧専門の村として栄え、その後も養蚕や林業、タバコやホップの栽培など、時代と共に生業も変わっていきました。

(※上 写真中央の最上川川床で化石が発見された)

 

今回お話をお聞きした大谷勝美さん(用)は、お孫さんら6人家族で暮らしています。「おらだ(私たち)が小っちゃかった頃はよ、川が遊び場だったのよ。昔は大人たちがいかだでモノを運んでだがらね」。村の産業として林業が栄えていた頃は、材木をいかだに乗って酒田の問屋まで運んでいたそう。大谷さんが小学校5~6年生頃まで、酒田までは行かずともそんな光景が用地区にはあったそうです。

 

「おらだの世代は大江町が隣の朝日町に委託してで、小・中学校は朝日の学校さ通ったのよ。その頃は舟に乗って最上川ば渡って通学したっけなぁ」。今となっては地区のシンボル的存在になっている『ようばし』ですが、昭和53年以前は渡船場があり、人々はそこから舟で川を渡り、左沢や朝日へ行ったそう。通称『ばんごや』と呼ばれる舟の関所もあったそうで、今も川には渡船場の跡がうっすらと残っており、舟運文化の面影が鮮明に伺えます。

(※上 写真中央付近の川岸に渡船場があり、かつてはここを舟で渡っていた)

 

様々な歴史を持つ用地区で、大谷さんは現在スイカを中心とした農業を営んでいます。中山間地域ならではの寒暖差は、スイカの栽培にはとても適しているそうです。「おらだのスイカはよ、1玉1玉に生産者の名前が入っていて、”おしんの里のスイカ”として売り出してるのよ。今年は千葉の女性から「大谷さんのスイカが美味かった!来年も買いたい」って連絡があって、すごいやりがいを感じたなぁ」大谷さんは嬉しそうに話してくださいました。今年はなんと、地域の環境を生かした優れた経営及び農村生活を実践している先駆的な農業者等を顕彰する「山形県ベストアグリ賞」を、大谷さんも所属する大江町すいか部会が受賞したそうです。

かつては川を渡って運ばれた大江町・用地区の手仕事は、かたちを変えながら今も全国へと発信されてる、そんな風に思った今回のお話でした。

(写真・文:布施)

大江町ホームページ

http://www.town.oe.yamagata.jp

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