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親子が切り取る町の歴史 菊地邦弘さん・眞太郎さん

目の前に町役場を望み、町の歴史を記録し続けてきた小さな写真館。菊地邦弘さんと菊地眞太郎さん親子(左沢9区)は創業137年を誇る有限会社菊地写真館の5代目と6代目です。

 

写真創生期からの歴史

『初代が明治13年に商売を始めた頃、今で言うカメラマンは”写真師”と呼ばれていたようです。そもそもカメラの歴史が150年ほどだから、ほとんど写真創生期だよね。フィルムの現像やプリントの焼き付けに薬品を使うので、当時は化学の知識が必要とされる特殊な職業だったそうです。』そうお話しをして下さった邦弘さん。カメラがフィルムからデジタルに変わり、プリントを外注したりコストのかからないインクジェットプリンタを使う写真館が増える中、銀塩写真にこだわり内製を続けてきました。邦弘さんがスタジオで培った技術やライティングの着眼点は業界でも高い評価を受け、多くのコンテストで優秀な成績を残されています。

 

 

カメラを持つのは自然なこと

そんな父・邦弘さんを見て育ったひとり息子の眞太郎さん。ものごころついた頃には家業を意識するようになっていたそうです。『妹がふたりいるんですけど、やっぱり男は僕だけだし、大学に進学する頃には”自分が写真の仕事をするんだろうな”って考えるようになっていました。自分でカメラを持つようになって、だんだんと父親が働く姿を目で追うようになったかなぁ。継ぐとか継がないとか、親子の間ではそんな話にもならないくらい自然でしたね。』東京で修行を積んだ眞太郎さんが町へ戻り親子で仕事をするようになると、父親の邦弘さんにも変化があったと言います。『一緒に仕事をしているとやっぱり色々言いたくなっちゃうけど、みんなが働きやすい環境を作る事が私の仕事なのかなと感じるようになりました。時代が違えば仕事のスタイルも違って当たり前。今はふたりで一緒に撮る事も多いけど、眞太郎には自分の色を探していく中で少しずつ自分のお客様を増やして欲しい。俺もまだまだ息子には負けないつもりで頑張るしね!』

 

 

初めて子供が生まれた喜びや町を離れてゆく若者の旅立ち、人生を重ねた夫婦の肖像。菊地さん親子が手にするカメラは、私たちの生活にずっと寄り添ってきました。二人が重ねたシャッターの回数は、この町の歴史そのものです。もうすぐ新年。しばらく顔を見ていない友人や懐かしい親戚、普段は離れて暮らす大切な恋人も町へ戻ってきます。iPhoneはちょっとお休みして、大切な人と一緒の時間を写真館で切り取ってみるのもお正月休みの素敵な過ごし方かも知れません。

 

山形県大江町公式ホームページ
http://www.town.oe.yamagata.jp